【休学生活つづき】映画は1つの“メディア”。4月から社会人になります

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最近、このブログで全然パーソナルな話題に触れてない…

ブログを立ち上げたときは、このブログは『大学4年生のときの休学記録をつける』という趣旨だったのですが、休学生活も終わりいつの間にか更新するネタもちょっと違うものになってしまっていました。

まあ「大学4年生の生活なんて特に面白いこともないからいいかな〜」なんて思っていましたが、「ブログ書いてたその後のアイツ」を少しばかり気にかけてくれる人もいるらしく、おそらく「スターウォーズのルーク・スカイウォーカーはその後どうなったのか?」と同じくらいに「休学したあいつはどうなったのか?」に関心を抱いている人もいるはず(たぶん)

ということで、そろそろ新生活も近づいてきたし、久しぶりに休学記録からの続きを書こうと思います。

(「休学記録」読んでない方はあまり面白くないので、映画レビューの記事を読んでください)

これまでの休学記録は、こちらにまとめました。

*『映画業界に行くため大学休学したらホリエモンにdisられ、会社クビになった話

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これからの進路について

さて、休学からの続きで気になるのは『どんな進路に進むのか』ということですが、迷った挙句「Webメディア系の会社」に就職することが決まりました。

「休学までしてちょっと他とは違った道を行くぜ!うっっほーーい!」などと思っていたぼくですが、結局きちんと一般の大学生のように就職活動を行い、一般の大学生と同じように10社以上お祈りを食らって、何とか内定をいただくという結果です。

とは言え、おぼろげながらもこれから「メディア」に関わる仕事がしたい、という希望が通ったのは嬉しい限り。3年前は「映画」の仕事がしたい、ということだったのに、まあ急な方向転換ですね。

でもなぜ「メディア」に関わる仕事をしたい、と思うようになったのか?

あとづけのストーリーと言ったらそこまでだけれど、自分の中ではけっこう根本的なところは変わってません。それは何かというと、ぼくはやっぱり「世の中には広まってない価値あるものを、世の中に届ける」仕事がしたいということ。

思えば、映画の仕事がしたい、というのも

「世の中には多くの面白い映画、衝撃を与えてくれる映画、人生を豊かにしてくれる映画がある。にも関わらず、ぼくの周りではそれを知っている人が全然いない。それってもったいなくないか!?自分がその映画を広める人間になれないかな〜」

という想いから行動を決意してきました。

そこで休学中、映画業界にインターンとして片足突っ込んで入ってみたわけですが、結局「自分には合わない」という結論になってしまいます。ただ、そこから将来の方向を仕切り直したときに、幸運にもぼくの前に現れたのが「メディア」に関わるという仕事です。

元々、ぼくは個人メディアであるブログを趣味として書いており、記事を作ってそれを媒体として、何かしらの情報を伝えるということをしてきていたので、自分に合っているんじゃないかという気持ちがありました。それに加えて、休学時代にインターン先で企業のブログ記事を書く仕事を与えてもらえたのは幸運でした。少しだけれど、メディアを運営するという仕事をする中で、自分の中で「これだ!」という確信度が上がってきたのです。

そして、いつしかぼくは「こっちの方面(メディア)の仕事のほうが合ってるんじゃないか」と思うように。その後は就職活動を経て、結果的にメディアを運営する会社へと進路が決まります。こういうわけで、ぼくは映画からシフトチェンジし、メディアに関わる仕事を今年の4月から携わることになります。

「映画」は1つの「メディア」なんだという気づき

映画からメディアへ、という流れで就活の方向性を変えてきたぼくですが、でも今、色々落ち着いて自分の歩いた道を振り返ってみると、案外自分の好きなものとか、やりたいことは変わってないのかもしれません。

メディアとはそこに情報の送り手と受け手の二者が存在し、その間を仲介し、両者間において、コミュニケーションを成立させることを目的とする

(『MEDIA MAKERS/田端信太郎』より)

このメディアの定義は、10年以上メディア業界の最前線を走ってきた田端信太郎氏の著書『MEDIA MAKERS』で書かれていたものです。

この定義から考えるに、ぼくの好きな「映画」っていうものも1つの「メディア」であると思うんです。制作者という情報の送り手と、それを受け取る観客が存在し、その間の媒体として「映画」が存在している。

映画は一般的な新聞とか、テレビというものよりも情報伝達の効率が悪いし、はっきり言って何もメッセージがないものもたくさんあるのだけれど、作り手のメッセージを伝えるものとして大きなメディア的な役割を担っています。事実、戦時中ヒトラー政権に対しての批判として反戦を訴えるため、チャップリンは映画『独裁者』を作ったことで有名です。

(この逸話については「「絶望してはいけない」チャップリンの史上最高のスピーチ【独裁者】」を参照)

このように考えると、俯瞰的に見れば、結局ぼくが追いかけてきたものはあまり変わってなかったのかなと思います。

まとめると、ぼくがここ2年間、休学生活と就職活動で出した結論は、

  • ぼくの好きなものは“メディア”という言葉に収斂されていた
  • 自分自身が何かしらの価値あるメッセージを伝える存在でありたい

という2つのことです。

この結論を出すのに2年くらいも考えるとは、なんて不器用なんだと思うけれど、まあ過ぎた時間を嘆いたって仕方ありません。これがぼくの大学&休学生活でしたって言うのは胸を張って言えることは確かなので、その気持ちのまま後は前を向いてがむしゃらに行くしかないでしょう。

子どものとき夢中になったものは「学級新聞」

さいごに、就職活動をする中で出会った言葉の1つに「子どものときに夢中になったことに、あなたの好きなこと・向いていることのヒントとなることがある」というものがありました。

就職活動の最中、自分にとって「夢中になったことって何だろうな?」なんて思っていたんですが、そう言えばぼくは小学校のときにすでに『メディア作り』というものを夢中になっていた経験があります

そのメディアとは、小学6年生のときに友人と一緒に作り上げた学級新聞です。新聞名は「小浦新聞」。名前の由来は、当時、同じ新聞係だった大浦(ぼく)の「浦」と小倉くんの「小」をくっつけただけという単純なもの。

書いている内容は、4コマ漫画に、小学校七不思議、創作のコラム、大喜利の質問などなど、改めてうちのクローゼットの奥底に眠っていた当時の新聞を読むと、正直ただの子どものお遊びじみたもんです。

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でも、ぼくの記憶が正しければ、当時、「小浦新聞」はクラスでかなりウケていたんです!

その反響のおかげか、ぼくは夢中になって誰に言われたわけでもなく、新聞作りを勤しんでいたいました。

「子どものときに夢中になったことに、あなたの好きなこと・向いていることのヒントとなることがある」なんて、正直どこの自己分析本にも書いてありそうな定型文みたいなもんで、あまり好きではありませんが、こう自分を見つめて考えてみると意外にも当たっているもんなのかも知れません。

*休学生活の全記録はここから

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