好きなことを仕事にすれば、幸せになるのは本当か?休学して辿り着いた答え。

20140914110830

「好きなことを仕事にすれば最高に幸せな人生を送れる」

「好きなことを追い求めよう!諦めなければ夢は叶う」

世の中にはこのような聞いて居心地の良い言葉が溢れている。そりゃあ好きなことをして幸せな人は世の中には確実にいる。だけれど、この言葉を使う人は夢敗れもしていない大人が、未来のある子どもに向かってある種自分のできなかったことを子どもたちに託すかのように使う人が多い。なんて無責任なんだと思う。

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映画が好きだから、それを仕事にしようと思った

ぼくは映画が好きだ。子どもの頃、父親がTSUTAYAから借りてきたDVDを一緒に観るのが何よりの楽しみだった。いつしか自分でも借りるようになり、勉強や部活で忙しくなったときもたまにTSUTAYAで借りる映画は自分のたまらない時間で、大学生になると1人で映画館に行くようにもなった。

そうしてるうちにぼくは映画の仕事がしたくなった。仕事をするってことは色々考えたけど、やっぱり「好きを仕事にすること」が自分の人生を幸せなものにしてくれるんじゃないかと思ったからだ。

そのときはぼくは仙台にある大学に通っていたが、もう大学3年生。真面目に就職活動をやらないといけない時期、映画の仕事を新卒でできる会社はないか調べた。すると、映画の道というのがかなりの狭き門であることを知る。世の中の就活生が40万人くらいって聞いたことがあるから、みんなが映画を目指すわけじゃないのでなんとも言えないれど、その中の50人くらいしか新卒で映画の仕事をやることができない。ぼくは焦った。今の自分がこの過酷な競争に勝ち抜いていけるのだろうか、と。答えは、NOだった。挑戦することはできるけど、ダメな自信しかなかった。

この状況でぼくが考えた解決策が休学だった。映画の仕事を調べる過程で、「コネ」が大変重要であることがわかった。そのコネクションを作るために東京で映画の専門学校に1年間通おうと思ったからだ。そこはOBも数多く映画業界に就職している実績があったし、1年間通えば就職もサポートしてくれるところだった。親に頭を下げ、バイトを社畜のようにやりお金を貯め、ぼくは晴れて休学を決め、上京した。

「好きなことを仕事にするため上京する」なんともカッコイイ行動をしたなあと思っている。「映画の仕事を見つけるんだ!」ぼくはそんな気持ちで意気揚々と東京で暮らし始めた。でも、上京して3ヶ月そんな想いはあっけなく崩れ去った。

上京して、自分の想いはあっけなく崩れ去った

その3ヶ月の自分のことを書いていこうとすると、この文章が終わりそうにないので、上京してからのことを簡単に説明すると、小さな映画会社にインターンをして、専門学校にも通った。専門学校は全然悪くないものだったけれど、インターンした会社が想像以上に酷すぎた。そこは、本当に小さな会社で社員は2人しかいない状況。正直これが会社と言っていいのかわからないところだった。そこで見た現実は、映画の仕事を全然面白そうにやっていない人の姿だ。もはやその会社の人が、お金以外に何のために仕事しているのかわからない。そんな人でも、仕事を始めた当初は「好きを仕事にした人」であることは間違いない。でも、自分の思い描いていた「好きを仕事にする」とはあまりにもかけ離れていた。

そこでのインターンの経験もさることながら、映画業界の仕事を知るにつけぼくは「本当に好きを仕事にした人は幸せなのか?無理して目指す必要がないんじゃないか?」そんな疑問を払拭できなかった。安い給料で、深夜までの労働は当たり前、しかも映画の業界は転職が当たり前だから能力がない人は延々と小さな会社でどこのそれとも知らないつまらない映画を扱ったり、ほとんどの会社は大企業の下請けとして働かされる。そこには、安定という2文字がどこにもなくて、結婚すらできない人が多い。ぼくは好きなことを仕事にするという気持ちが現実という大きな壁の前にどんどん薄れていくのを感じた。

(注:別にそこで働いている人たちを批判しているわけではなくて、ただ自分には合わなかったということ。実際はきちんと充実して働いている人もたくさんいると思うし、ぼくの知る情報がほんの一部なだけかもしれない。)

「やってしまった後悔」だって世の中にはある

でも、ぼくはまだ救いがあるのかもしれない。休学をしたことで、来年就職活動を新卒としてできるからだ。つまり、これから考え直して、就職先をじっくり考えられる状態にある。でも、先に言った専門学校ではぼくと同い年で大学卒業後、就職をあえてせず映画の道を進むために、今フリーターの人が2人いる。彼らもまたぼくと同じように映画会社にある期間過ごして現実を知ったらしい。1人は、地元の大阪に帰ることを決めたそうだ。新卒のカードをなくしたことを少し悔いていた。

ぼくの好きなアニメに物語シリーズというものがあるのだけれど、その『花物語』という回でこんなセリフがある。

「なあ、沼地。お前、『やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい』という言葉について、どう思う?」

「負け犬の遠吠えだ」

「やらずに後悔した方がいいに決まっている」

「そうだな。私もそう思う。やって後悔する方がいいなんてことをいうのは、『やってしまった後悔』の味を知らない、無責任な第3者の台詞だ」

出典花物語 神原駿河 沼地蝋花

本当にそうだと思う。「好きなことを仕事にすることが善」だということに踊らされて、やってみて、やって後悔してしまう。そんなこともある。

ここまで書いてみると、「好きなことを仕事にする」って言葉をただ否定する感じになってしまったけど実のところをこの言葉を完全に嫌いになったわけじゃない。それについて自分なりの辿りついた結果を最後まとめてみる。

①好きなことは名詞じゃなくて、動詞で選んだほうがいい

「好きなことを仕事にする」というと、すぐ考えがちなのは、趣味を仕事にしようということだ。映画が好きだから、映画の仕事をする。音楽が好きだから、音楽の仕事をする。でもそれは映画や音楽という”名詞”が好きだということに過ぎない。残念ながらそれだけで仕事を選ぶのは危ない。なぜなら、それだと趣味と仕事に明らかに乖離が起きてしまうからだ。

例えば、ぼくが好きなのは「映画を“観る”」ことであって、「映画を”売り込む”」ことではなかった。ぼくが目指したのは映画の仕事の中でも宣伝という仕事だったが、その仕事はどんなに自分がつまらないと思った映画でも、アイドルが出てるだけの中身のないような映画でも宣伝のためあらゆる人にオススメしないといけない。正直、自分にはそれが耐えきれなかった。

このように、好きなものが”名詞”であった場合、それは仕事にしたとき確実にギャップが起きる。では、もし”動詞”のほうが好きだった場合どうだっただろうか?よく、世間には営業の仕事が好きという人がいる。相手に商品を売り込んで成果をあげるのが喜びなのだという人だ。こういう人は別に商品という”名詞”にこだわらない。あるものを”売り込む”という”動詞”が好きだから、それが不動産であろうと、広告であろうと構わないのだ。

つまり、仕事選びのときは何を扱うかという「名詞」ではなく、何をするかという「動詞」が問われる。だから、好きなことを考えるときも、何をするかという「動詞」を軸に考えるべきなのだ。

②好きなことを仕事にするんじゃなくて、仕事を好きにすればいい

まあ、そんなこと言っても好きな「名詞」も「動詞」もないって人がいる。そんな場合はどうすればいいか。それについて、素晴らしいなと思える記事があった。

この記事を簡単にまとめると、好きを仕事にするに越したことはないが、好きを仕事にしない生き方だって良い、というのが主張。どういうことか?長いけど、引用してみる。

ぼくがキャリアを考える上で大切にしている、「力愛不二」という考え方があります。

少林寺拳法の教えの一つで、

「愛なき力は暴力であるが、力なき愛は無力である」という考え方なのですが、これは武道に限らず仕事でも同じことが言えるなと思っています。

すなわち、愛やビジョンなきビジネスは虚しいけれど、どんなに「好きなこと」や「やりたいこと」があってもそれをビジネスにできる「力」が無ければ無力だという話です。

学生の時点で「やりたいこと」(Will)が明確であれば、それを実現するために必要なこと(Must)を考え、実現する力(Can)を身につければ良い。

でも、やりたいことなんて見つからないよ!という人も焦る必要なんて全くなくって、『いつか守りたい人ができた時に守れるように武道に励む』ように、いつかやりたいことができた時に、やりたいことにチャレンジできる力を身につけることをまず第一に考えてみれば良い。

じゃあ自分が力を身につけ、発揮していく上でどんな仕事が良いのか、どこを「戦いどころ」にするか、についてはやってみないと分からない、続けてみないと分からないってのが実際のところですね。

勉強だってスポーツだって、やり始める前から得意かどうかなんて分かりようがなくって、ひょんなキッカケがあってはじめてみて、続けているうちに少しずつできるようになっていった、というケースがほとんどですよね。

仕事もおんなじです。
やってみなければ、続けてみなければ向き不向きは分からない。
続けていく中で、少しずつできること(Can)が増えていくことが「成長」だと思っていて、成長することで『誰かの役に立てる』レベルが上がっていく。

それが仕事なんだと思います。

好きを仕事にできたら幸せなことだけど、好きを仕事にしなくても幸せになれる方法はある。

「力」をつけて、いつかやりたいことが出て来た時に挑戦できるように。

「力」をつけて生産性を高めて、プライベートの時間で好きなことに没頭できるように。

「好きを仕事に」じゃなく、「仕事を好きに」でも素敵ですね。

所詮仕事、されど仕事。
価値観は様々ですが、必要以上に自分を「ねばならない地獄」に追い込むことなく、前向きに生きられるような社会が、ぼくは好きです。

結局、仕事に関してのぼくの最近の考え方はこれが一番近いかなって思う。仕事に対して「ねばならない」というところにがんじがらめにならずに生きる。この考え方が一番しっくりくるのかなって。

正直、色々書いてみて、正社員として仕事をしたことがないぼくからすれば、こういう仕事に対する考えを語るのはおこがましいかもしれない。けれども、この文章がぼくみたいな夢を追っかける人に届けば、少し考えの一助になればいいと思う。とりあえず、明日からまた頑張っていきていかないとね。

ちなみにさっき紹介した。花物語のセリフには続きがある。

「なあ、沼地。お前、『やらずに後悔するよりやって後悔する方がいい』という言葉について、どう思う?」

「負け犬の遠吠えだ」

「やらずに後悔した方がいいに決まっている」

「そうだな。私もそう思う。やって後悔する方がいいなんてことをいうのは、『やってしまった後悔』の味を知らない、無責任な第3者の台詞だ」

「だけど一番いいのは、やって後悔しないことだ」

出典花物語 神原駿河 沼地蝋花

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